大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和44年(ワ)179号 判決 1970年2月05日

原告

石川自動車株式会社

被告

宮本秀雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金八二四、五〇〇円およびこれに対する昭和四四年四月一〇日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、事故の発生

原告会社の従業員市川諄一は、昭和四三年一一月一七日午後一〇時二〇分頃原告会社所有の営業用普通乗用自動車ダツトサン四三年式(静岡五い五一二九号、以下原告車という)を運転して静岡県富士市蓼原六一番の五地先国道一号線上を静岡市方面から沼津市方面に向けて進行中、燃料補給のために右同地点において右折すべく方向指示灯を点滅してセンターラインに沿つて対向車の通過を待つていたところ、後方から進行してきた訴外白井嘉次の運転する小型貨物自動車(静岡四れ三一二号、以下被告車という)に原告車後部フエンダー、トランク付近を急激に追突されて対向車線上に押し出され、対向車の大型貨物自動車(足立一う四六二七号)に原告車の前部右側フエンダー部分を衝突せしめられ、よつて原告車を大破された。

二、訴外白井の過失

前記事故の発生について、訴外白井には前方不注視、酒酔い運転の過失がある。すなわち、同訴外人は、飲酒のうえ被告車を運転したために、眠気を催し、注意散漫となつて前方を注視して交通の安全を確認することなく、原告車が前記地点において右折すべく方向指示灯を点滅させて停止しているのに気付かず、原告車に追突したものである。

三、被告の責任

被告は、宮本商店の屋号で被告車を所有し、これを使用して土木建築用品、鉄骨用品などの製造、加工、販売を業とするものであるところ、訴外白井は、同商店に雇われ、被告方に住込んで商品運送に従事していた者であるが、右事故当日、被告が借りている北条ガレージから自動車のエンジンキイ、車体検査証の備えつけてあつた被告車を搬出し、運転して本件事故を惹起したのである。

被告車は、右宮本商店の営業のために使われていた車であり、常にエンジンキイを備えつけたまま北条ガレージに保管してあつて、被告方の従業員は何時でも搬出できる状態であつた。

したがつて、仮りに事故当日が宮本商店の休業日であり訴外白井の私用の運転があつたとしても、右被告車の保管状況、被告の事業規模、訴外白井の職務と被告の事業との関係からみて、同訴外人の本件事故は被告の事業の執行について起つたものといわねばならないから、被告は、民法第七一五条により原告会社が蒙つたつぎの損害を賠償する責任かある。

仮りに、被告に民法第七一五条による責任が認められないというのであれば、被告は、被告車をいつでも誰れでもが容易に搬出運転し得る状態に管理保管させておいたものであり、そのような保管状態では今日の交通事故激増の状況下にあつては、いつ無断運転による事故発生の危険が生ずるやを知れぬこと充分に認識し得たはずであるから、民法第七〇九条の責任を免れない。

四、損害

(1)  原告車の破損による損害 四六九、〇〇〇円

原告車は、昭和四三年四月八日金六〇万円で無線タクシー営業用として購入した新車であつたが、事故時までの使用期間は二二五日で償却は日額四九二円であつたから、事故時における時価は四八九、〇〇〇円である。ところで、本件事故により大破し修理して使用することが不能になつたので廃車し、同年一二月一〇日新車を購入した。したがつて、右事故当時の時価と被害車輛の時価二〇、〇〇〇円との差額四六九、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(2)  原告車取付の無線機の損害 一八七、五〇〇円

原告車は、前記のとおり無線タクシーであつて、助手席前のダツシユボードに東芝製自動車用無線機(全トランジスター)を取付けていたが、前記事故により助手席前部を大破し、右無線機は破損し修理、使用不能となつたので、新品を購入して前記新車に取付けた。右無線機は、昭和四三年四月八日二二二、〇〇〇円で購入した新品であつたが、定額法によつて償却すると、事故時における時価は、一七九、五二〇円となる。無線機の取付手数料は、七、九八〇円であるから、この損害は合計一八七、五〇〇円となる。

(3)  原告車の破損による休業補償費 一一五、〇〇〇円

原告会社は、原告車の所有者であり、前記のとおり原告車を営業用無線タクシーとして原告会社吉原営業所において使用していたのであるが、本件事故により大破したので、事故発生の日から新車購入した昭和四三年一二月一〇日までの二三日間稼動できなかつた。ところで、昭和四三年一一月、一二月の同営業所における一車当り一日の平均収入は九、五八八円であつたが、必要経費(収入の五二・二%)を控除すると純益は五、〇〇〇円となる。したがつて、一日五、〇〇〇円あて二三日分の一一五、〇〇〇円が本件事故による原告会社の収入減となる。

(4)  タクシーメーター器の破捐による損害 三〇、〇〇〇円

原告車取付の大阪メーターSK型は時価二七、〇〇〇円であるところ、本件事故により破損したので新品を購入した。これが取付手数料および検査料は三、〇〇〇円である。したがつて、この損害は三〇、〇〇〇円となる。

(5)  新車購入による損害 二三、〇〇〇円

前記のとおり、原告会社は、原告車の破損により新車を購入したが、これが車輛取得税(新車価格六〇万円の三%)一八、〇〇〇円、登録料および自動車税五、〇〇〇円を出損した。

五、結論

よつて、原告は、被告に対し金八二四、五〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日以後の昭和四四年四月一〇日から右支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告訴訟代理人は、主文各項同旨の判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

一、原告主張の請求の原因第一項の事実中、訴外白井が被告車を運転したことは認めるが、その他の事故発生状況は全部知らない。

二、同第二項の事実は知らない。

三、同第三項の事実中、被告の営業、被告車の所有、訴外白井が被告方の住込従業員であることおよび事故当時被告車が被告の営業に使われており、被告が借りている北条ガレージにエンジンキイを備えつけて預けておいたことは認めるが、その余は否認する。訴外白井は単に店内の販売業務に従事させていたもので、運送業務に従事させたことはなく、また被告車にエンジンキイをつけたままおいたのは、右ガレージの管理人が車を移動し整理する必要があるためその申出によるもので、被告は平素より被告車の専属運転手は訴外森山初と決めていて、他の従業員が自動車を運転することを固く禁じていたところ、訴外白井は、当日休業日で朝早くから同僚宅に頼まれて手伝いに行つて午後三時頃店に帰つたが夜一旦就寝しながら、寝つかれないまま夜九時すぎ頃三島市の友人に会いたくなつて、パジヤマ姿のまま被告や右森山に断りなく、右ガレージの管理人にも無断で被告車をぬすみ出し私用に運転したのであつて、被告の業務とは全く無関係であるから、被告が本件事故について民法第七一五条による責任を負担するいわれはない。

つぎに、原告は、被告に民法第七〇九条による責任があると主張するけれども、被告の保管状態は、前述の如くガレージの管理人の要求によるもので、被告の指図によるものではないのみならず、本件事故は訴外白井の過失行為が原因となつて発生したもので、被告の保管状態が損害発生の直接原因ではない(けだし被告の保管状態では必ず本件のような事故が起るという特段の事由はない)から、民法第七〇九条の適用される余地はない。

四、同第四項の損害の内容は知らない。

五、同第五項は争う。

〔証拠関係略〕

理由

一、当事者間に争いない事実に、〔証拠略〕を総合すると、原告主張の請求の原因第一、二項の事実はすべてこれを肯認することができ、他に右認定を左右する証拠はない。

二、原告は、被告は訴外白井嘉次の使用主として民法第七一五条により、同訴外人の惹起した右交通事故による損害を賠償する責任がある旨主張し、被告はこれを争うので、まずこの点について判断する。

当事者間に争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すると、被告は、宮本商店の屋号で、土木建築用品、鉄骨用品などの製造、加工、販売業を営むところ、昭和四三年一〇月五日頃から訴外白井嘉次を住込店員として雇入れ、店内での品物の出し入れとか来客の接待などの仕事をさせていたもので、同訴外人が普通自動車の運転免許証を持つていることは雇入れの時から知つていたが、被告方の自動車の運転はもとより、自動車による物品輸送の仕事をさせたことはないこと、被告方では、当時被告車を含め三台の自動車を使用していたが、それぞれ専属の運転者をつけ、自動車の保管は各運転者に責任を持たせていたもので、被告車の場合は訴外森山初が専属の運転者であり、車庫が無いため、仕事が終えたのちは近くの北条ガレージにこれを預けることにしていたところ、右ガレージの間口が狭いため車の整理をする必要上その管理人の希望により被告車にエンジンキイをつけたまま預けておくのを通例としていたこと、訴外白井は、事故当日は日曜日で店は休みであつたので、朝八時頃から同僚の家に橋をかける仕事を手伝いに行き、作業後右同僚宅で清酒コツプ二杯位を飲み、午後三時頃帰店し、夕食後テレビを見てパジヤマに着替え一旦就寝したが、寝つかれないまま物思いにふけつているうち三島市にいる友人のところに行きたくなり、同夜九時半頃になつて酒気が残つているのに、被告にはもとより右森山やガレージの管理人にも無断でパジャマ姿のまま右北条ガレージに置いてあつた被告車を乗り出し、三島市に運転して行く途中本件事故を惹起したものであることを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、訴外白井は被告の使用人ではあつても、その職務内容は店舗内での品物の出し入れ、来客の接待に限られ、被告車の運転はもとより被告車による輸送業務(例えば助手の仕事など)にも従事したことがなく、事故当日の被告車の運転も、被告の事業とは全く関連性のない純然たる私用を目的とするものであるから、これを目して被告の事業の執行につきなされたものと認めることはできない。

三、つぎに原告は、予備的に、被告は被告車の保管状態に過失があるから、本件事故の発生につき民法第七〇九条による責任がある旨主張するので、この点について考えるのに、被告が右森山をして北条ガレージに被告車を預けるについてエンジンキイをつけたままにしておいたのは、右ガレージの管理人の希望により自動車の整理を容易にするためであつて、被告方の従業員の誰にでも運転できるようにするためではなかつたのみならず、このエンジンキイを被告車につけたままにしておいたことと本件事故の惹起との間には、特段の事情のない限り、通常の因果関係の存在を認められないから、右主張もまた理由がない。

四、よつて、原告の本訴請求は、その主張する損害額について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例